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東京高等裁判所 平成元年(く)113号 決定 1989年7月18日

主文

本件各即時抗告を棄却する。

理由

本件各即時抗告の趣意は、前記申立人らの連名作成名義にかかる即時抗告申立書に記載のとおりであるから、これを引用する。

各所論は、要するに、(一) 少年審判規則三二条は、「裁判官は、審判の公平について疑を生ずべき事由があると思料するときは、職務の執行を避けなければならない。」と規定しているが、少年法及び少年審判規則は、右回避以外に除斥や忌避の規定をおいていない。しかし、刑事訴訟法及び刑事訴訟規則の除斥や忌避の規定は、憲法三七条一項に定める「被告人の公平な裁判所の裁判を受ける権利」の保障の一内容として制定されたものであり、同条項の公平な裁判所の裁判を受ける権利の保障の趣旨、より広くは憲法三一条の適正手続の保障の趣旨は、少年保護事件の審判にも当然適用されるべきものであるから、少年審判規則三二条の回避の規定は、刑事訴訟法に規定されている除斥や忌避の制度を包含するものと解すべきである。そうすると、少年審判規則三二条に「審判の公平について疑を生ずべき事由がある」場合とは、当然に刑事訴訟法二〇条の除斥の事由及び同法二一条の忌避の事由がある場合を含み、かつ、当事者(少年、保護者及び附添人)からの忌避の申立権が認められる趣旨と解すべきであり、かかる見解の下に本件忌避の申立てをしたところ、原裁判所は、これを「裁判官回避の勧告と解して職権を発動せず。」との見解を示したが、その措置は、忌避の手続が少年法に規定されていないことを理由として、本件忌避の申立てを認めないとしたものであるから、刑事訴訟法二四条一項による簡易却下決定に該当する。そこで、これに対し同法二五条(右即時抗告申立書の一丁裏五行目に「同条」とあるのは、「同法二五条」の趣旨と解される。)を適用ないし準用して本件即時抗告に及んだ。(二) 内園裁判官が本件各保護事件につきその審判前にした証拠物の扱いや家庭裁判所調査官と附添人との面会を禁止した措置及びその後の審判運営上の数々の措置は甚だ不当、不公正なものであることに徴すると、同裁判官には審判の公平に疑いを生ずべき事由の存することが明らかであるから、本件忌避の申立てを相当と認めるべきである、というのである。

そこで検討する。少年法及び少年審判規則には、刑事訴訟法二〇条以下に規定する「除斥」及び「忌避」に相当する規定はなく、僅かに少年審判規則三二条が、「裁判官は、審判の公平について疑を生ずべき事由があると思料するときは、職務の執行を避けなければならない。」と定めているにとどまる。そして右規定は、その文言の体裁に徴すれば、刑事訴訟規則一三条の「回避」の規定に相当するものであろう。少年法が、右のように刑事訴訟法と異なり、少年保護事件の審判手続に除斥ないし忌避に関する明文の規定をおかなかったのは、必ずしも単なる立法の不備ではなく、立法者は、当初、少年審判の本質、すなわち、少年保護事件においては、非行のある、とりわけ犯罪を犯した少年であっても、これに対して直ちに刑罰を科するものではなく、「少年の健全な育成」を期して、非行のある少年の「性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分」を行うのであるから、その審判手続には、右の少年審判規則三二条の回避の規定をおくをもって足り、刑事訴訟手続における厳格な除斥及び忌避の制度は必要ではないと考えたことによるものであろう。

しかしながら、現行少年法による少年審判制度も、発足後既に四〇年を経過した現在においては、その永年にわたる運用の実績を踏まえ、少年の人権保障の観点より、司法的抑制機能の面を強調すべきことが、単なる立法論としてのみならず、現行少年法の解釈運用の上でも必要とされるに至っているのであって(最高裁判所昭和五八年九月五日第三小法廷決定、刑集三七巻七号九〇一頁、最高裁判所同年一〇月二六日第一小法廷決定、刑集三七巻八号一二六〇頁参照)、本件で問題とされている少年保護事件における裁判官の除斥ないし忌避についても、右の観点から従来の解釈運用を見直す必要があるものというべきである。

すなわち、少年審判手続は刑事訴訟手続と性質を異にし、少年保護事件における保護処分はもっぱら少年の健全な育成のための処分であるとはいえ、かかる保護処分も多かれ少なかれ、何らかの自由の制限を伴い、少年に対する不利益を及ぼす等人権の制限にわたるものであることは否定できず、かつ、そのためにこそ少年審判手続も家庭裁判所という裁判機関の手に委ねられていることを考えると、憲法三一条に規定する法の適正手続の保障の趣旨、とりわけ憲法三七条一項の公平な裁判所の裁判を受ける権利の保障の趣旨は、少年保護事件にも当然に及ぼされるべきである。そして、審判の公平について疑いを生ずべき事由のない裁判官が具体的な少年保護事件の処理に当たることが、審判の公正のため不可欠の前提であることは、刑事訴訟手続と何ら異なるところはないのであるから、少年法及び少年審判規則に除斥、忌避を定めた明文の規定がないことをもって、少年保護事件においては、裁判官が当該職務の執行を避けるかどうかが、挙げてその裁判官の職権による判断に委ねられていると解することは相当ではない。憲法の前記各法条に照らすときは、少年審判手続におけるこの点に関する少年審判規則三二条は、これらの除斥、忌避及び回避をすべて包含する規定としておかれたものと解するのが相当である。したがって、裁判官に審判の公平について疑いを生ずべき事由にあるときは、裁判官が自ら回避しなければならないことはもとより、少年側においても、そのことを理由として裁判官が職務の執行を避けること、すなわち回避の措置を求める申立てをすることを許したものと解するのが相当である。

このように解するときは、附添人らが原裁判所に対してした各忌避の申立ては、右のように回避の措置を求める申立てとして適法というべきである。

附添人らの右の申立てに対し、原裁判所は職権の発動をしない旨の見解を示したが、これに対して本件のように即時抗告をすることが許されるかどうかについて、以下に検討する。この点についても、少年法及び少年審判規則は、直ちに抗告を許すか否かに関して何らの規定をおいていない。しかしながら、少年法三二条によれば、保護処分の決定に対しては、決定に影響を及ぼす法令違反等を理由として抗告をすることが認められているのである。したがって、右規定に準拠し、審判の公平について疑いを生ずべき事由のある裁判官が関与してなされた保護処分の決定に対しては、右の瑕疵を、決定に影響を及ぼすべき法令の違反として主張し、同法条によって抗告することができると解するのが相当である。

右のように解するときは、いまだ原裁判所の保護処分の決定のない現段階においてなされた本件各申立ては、不適法として棄却すべきものである。

もっとも、保護処分の決定をまって、これに対する抗告の中でその違法の主張をすることを許すのみでは、救済として十分でない限界的な事案も存するかもしれない。このような事案においては非常救済措置として、その根拠を直接に憲法三七条一項に求め、または少年法三二条の規定を準用し、あるいは刑事訴訟手続に関する諸規定を類推適用して、当該裁判官が職務の執行を避けないこと自体に対して直ちに不服申立てができるものとして、救済をはかる必要があろう。しかしながら、本件の事案において、各所論が忌避の事由として主張するところは、本件少年保護事件の調査、審判手続上における内園裁判官の諸般の措置を捉えてその不当、不公正をいうに終始しているのである。およそ少年保護事件の審判は、対立当事者間で事実の有無を確定するいわゆる訴訟構造ではなく、裁判官が自ら少年の非行事実及び情状を探知すべき職責を担うものであること(少年法八条)、裁判官は、その調査のため警察官、保護観察官、保護司等に対して、必要な援助をさせることができるものとされていること(少年法一六条一項)などの点において、少年保護事件の調査、審判手続は、刑事訴訟手続とは構造を異にすることを考慮すると、各所論が内園裁判官の本件各少年保護事件の調査審判に関する諸般の措置の不当、不公正について褸々主張するところは、必ずしも同裁判官に審判の公正について疑いを生ずべき事由の存在を窺わせる徴憑であるということはできない。したがって、本件が右にいう非常救済措置を必要とする事案とは到底考えられない。

よって、本件各即時抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 小林隆夫 裁判官 秋山規雄)

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